2022年01月20日
《サヴェージ・ガーデン》は1580年頃に、現在のベルギーにあたるフランドル地方のオウデナルデ(Oudenaarde)で制作されたタペストリー作品です。タペストリー(フランス語ではタピスリ)とは壁掛けなどに使われる室内装飾用の織物の一種で、日本の綴織に相当するものです。ヨーロッパでは11世紀に十字軍が東方の産物とし手織りの絨毯を持ち帰ったことが流通の始まりといわれていますが、華やかで美しい柄の織物を靴で踏むのは忍びないと壁にかけたところ、部屋の装飾になるだけでなく、ヨーロッパの石造りの建築の隙間風を防ぎ、断熱効果が認められたため、防寒具の一種として需要が高まったそうです。
特に、フランスやフランドルでは14世紀頃から芸術的にも価値の高いタペストリーが多く生産され、ヨーロッパ各地の城館や宮殿を飾る装飾品として高値で輸出されるようになりました。15世紀頃のフランドルは商業が盛んで非常に裕福であったため、イタリアと並ぶルネサンスの中心地として芸術が豊かに花開いた地域でした。このことと名産の毛織物の技術が結びつき、本作品が制作された16世紀のフランドルは他国の追随を許さないほど優れたタペストリーを生み出していたのです。例えば、日本でもよく知られているパリのクリュニー美術館所蔵の《貴婦人と一角獣》も15世紀にフランドルで制作されたタペストリーの傑作です。
ヨーロッパの美術館ではタペストリーが展示されているのをよく見かけますが、日本の美術館ではほとんど収蔵例がないことから、当館ではコレクションの一つの特色とすることを念頭に、本作をその第一例として1991年に収集しました。その後、1993年にラウル・デュフィのタペストリーも収蔵し、2つのタペストリー作品が当館のコレクションの目玉となりました。「城館」をイメージした当館の堅牢な建築に適した作品であるということも、収集の理由の一つであったようです。
こうして開館直前に常設展示を目論んで収蔵された本作ですが、館内のどこにどのように展示するのかということが大きな問題として立ちはだかりました。設計がほぼ固まっていた美術館建築のどこにこれだけ大きな作品を展示できるのかを検討した結果、企画展示室ロビーのアプローチ壁面を堀上げ天井とするという解決策が採用されました。
また、巨大で重量のある織物を、作品への負担を最小限にしながらどのように展示するのかというのも難問でした。当時、公立美術館で唯一タペストリー作品を保管していた京都国立博物館と海外の美術館の事例を調査した結果、採用されたのがマジックテープで固定して吊り下げる方式でした。タペストリーの裏面と板材をマジックテープで固定してから展示用金具で挟み込む仕組みとなっていました。タペストリーの上辺5cm程度は金具で隠れてしまいますが、当時の展示場所の堀上り天井ではちょうど隠れて、見栄えは悪くなかったようです。
開館時のタペストリー作品展示風景(1994年頃) |
ところが、2020年に同作品を展示した後にこの金具を取り外してみたところ、板材にマジックテープを固定していた両面テープの接着剤が浸み出し、タペストリーの裏打ち布に点々と付着していることが確認されました。このままではタペストリー本体に被害が及ぶ恐れがあったため、速やかに粘着剤を除去する必要があると判断し、急遽、粘着剤の除去と新しいマジックテープの縫合の修復作業を行いました。
この処置とあわせて、タペストリーを固定していた展示用金具についても再考することになりました。当初常設していた企画展示室ロビーには外光の入る窓があったため織物を常時展示することに懸念があり、開館の数年後からは常設展示ではなく期間を限って展示されるようになっていました。その後、展示室内に展示するようになると金具部分がはっきりと見えてしまい、その存在感が作品鑑賞に及ぼす影響が気になっていたためです。ここでも再び国内外のタペストリーの展示方法について調査をしましたが、やはりマジックテープを使用するケースが多かったため、マジックテープを使用する方法は変えないこととしました。一方で、以前のような金具は使用せず、壁側にマジックテープをつけた板材を直接取り付けて固定することとしました。これによって、これまで金具で隠れていた作品上端の図柄がくっきりと見えるようになり、鑑賞上の見苦しさも改善されました。
修復前(左、2020年)と修復後(右、2021年)の《サヴェージ・ガーデン》展示風景 |
現在開催中のコレクション展第4期で、修復後の《サヴェージ・ガーデン》の展示をぜひご覧ください。
(主任学芸員 濱田真由美)