学芸員コラム④ 日本画家・岩田正巳が描いた“ものがたり”

2021年11月01日

コレクション展「“ものがたり”をめぐって」(会期:2021年9月10日~12月12日)では、本県出身の日本画家、岩田正巳(1893~1988)の歴史画を複数展示しています。

正巳は「大和絵」の流れを汲む松岡映丘(1881~1938)に入門し、他の弟子とともに1921年「新興大和絵会」を結成、歴史主題に豊かな風景表現を添えた独自のスタイルを確立しました。正巳の画業は、94歳で没するまで70年以上の長きにわたりますが、大正~昭和戦前期の作品では彩色や描線が冴えわたり、独特の魅力を放っています。

当館では2014年に回顧展「生誕120年 岩田正巳展 ―新興大和絵、その清澄なる世界―」を開催しました。当館の前身「県美術博物館」時代に「岩田正巳と三輪晁勢展」(1983年)が開催されており、当時の資料を頼りに、新たな企画展の準備のため作品所蔵者を訪ねたのですが、行方不明となってしまった作品も少なくありませんでした。

この時の調査では、個人の方が所蔵する《十六夜日記より》(1926年、第7回帝展出品作)を拝見しましたが、阿仏尼(鎌倉中期の女流歌人)が描かれた主要部分のみに切断された状態となっていました。しかもその後、ご所蔵者が亡くなり、2014年の回顧展では紹介することができませんでした。開催中のコレクション展では、当館所蔵の《十六夜日記より 大下絵》を展示しています。

今回の展示には、回顧展後の2016年度に受贈した正巳の帝展初入選作《手向の花》(1924年、第5回帝展出品作)も含まれます。『平家物語』に題材を求め、平家滅亡後、大原の寂光院に隠棲した平徳子(平清盛の娘、建礼門院)を主人公としています。後白河法皇の「大原御幸」の折、花を摘みに行っていた徳子が裏山から戻った場面を描いており、藤の花が咲く晩春の情景描写が大変美しい作品です。帝展後、旧蔵者のお宅で大切に保管され、当館で収蔵するまで公開の機会がなかった「幻の作品」ともいえるものです。

この夏、県立歴史博物館(長岡市)で開催された企画展「日蓮聖人と法華文化」では、三条市内の寺院が所蔵する《富士の聖僧日蓮》(1937年、第1回新文展出品作)が紹介されました。正巳の前半期の優品に触れる機会が、今後も増えていってほしいものです。

歴史的な出来事が起こったその場の風情を折り込むことで、鮮やかな臨場感を醸し出す岩田正巳の歴史画。ぜひ会場でご覧ください。

(主任学芸員 長嶋圭哉)

岩田正巳《手向の花》1924年 ※10/26~12/12展示