2021年10月07日
HPトピックス「この1点」は8月から「学芸員コラム」に変わりました。
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歌舞伎やドラマにもなった「風雲児たち」の作者で、この8月に亡くなったみなもと太郎さんは漫画家となる前に呉服屋で働いていたことがあります。約30年ぶりにかつて一緒に働いていた仲間と会った時に商品の反物を触らせてもらったら、手触りが違うので理由を尋ねたところ、蚕が食べる桑の葉が化学肥料栽培になったため絹の質も変わってしまい、「もうあの手触りの布地はどこにもないよ」と言われたそうです。
身近な例でも、Maxときが運行終了する、新型コロナウイルスでなじみの店が閉店した、など失われていくことやものに対する思いを語った投稿がSNSに掲載されたりしています。このような「再び体験することはできない」ということに特別な感慨を持つことは誰にでも経験があるのではないでしょうか。もう行くことはできない、もう見ることはできない、もう味わうことはできない、などの悲しさ、残念さなどの思いは文学作品にもたびたび登場しています。
その一方で、失われたものを復活させたいという思いによる復元・再現への取り組みが行われることもよくあります。
今夏、当館で開催した展覧会「よみがえる正倉院宝物 -再現模造にみる天平の技-」で展示した再現模造は、当時の材料・技法などを可能な限り用いながら、最新の分析装置やX線装置を用いて内部構造などの調査を行いながら製作されています。宝物が製作された当時の技術を調査・実施しながら現代の技術を導入し、さらに人間国宝などの名匠が製作した「再現模造」の展示品はどれも色鮮やかで形が整っていて、天平の技と現代の技が生かされた美しいものばかりでした。
このような、古のものを絶やさずに、そこに新しい技術を加えることによって新たなものを生み出していく取り組みとそれが連綿と繰り返されてきた、さらに言えば、そのような作業を喜んで行ってきたことがちょっとオタクで凝り性な日本人や日本という国を作り上げたのかもしれない。よみがえった数々の宝物の前でそんなことを考えていました。
(館長 遠藤 聡)
「よみがえる正倉院宝物 -再現模造にみる天平の技-」展示風景