学芸員コラム⑳ 橋本龍美「芸術に完成はない」!?

2023年05月04日

 企画展「望郷の画家 橋本龍美展 —神も、庶民も、バケモノも」が開催中です。
 本展を担当した筆者は、調布市にある龍美のアトリエに残されていたたくさんの作品を調査しましたが、感染症の流行のこともあり、またひとつひとつの作品が大きいこともあり、その後はご遺族からお借りした作品の写真や撮影フィルムを拠り所に、展覧会の準備を進めてきました。
 そして、いよいよ展覧会の会期が迫り、調布に作品を借用しに伺いました。作品を一点一点チェックしながら梱包していきます。
 ところがどうでしょう。「えっ!この作品、違いますよ。これではありません!」と、思わず叫んでしまいました。想定していた色形と、そこにある作品の色形が全く異なっていたのです。「えええーっ」と言いながら、よおぉく見ると確かにその作品で間違いないのです。端っこにうっすらと元の絵の痕跡が残っていました。何ということでしょう。
 橋本龍美という画家は、「芸術に完成はあり得ないんだよ」などとうそぶきながら、多くの作品を売らずに手元に置き、たびたび手を入れていたようです。筆者だって、もちろんそれは知っていました。知ってはいたけれど、ここまでとは……。

《む》2000年出品当時

《む》現在の姿

 

 今回の展覧会では出品作品を撮影する余裕はありませんでしたから、既存のフィルムを使って図録を作成しました。だからこそ、図録の凡例に「本図録掲載の画像と作品の画像が異なる場合がある」と断り書きを入れています。それにしても、いやはや、本当に異なるのです。手を入れたことで作品がよりよくなっている場合と、中途のままでバランスが悪く、うまくない場合とがあるようです。
 今から35年前にも、当館の前身である新潟県美術博物館で橋本龍美展が開催されましたが、特にその時に多くの作品を描きなおしてしまったようです。当時の新聞にもそのことが記されています。「十一日の開幕というのに九日、まだかき直していた。もう時間切れ、と九日夕方最後の一枚を美術館のトラックが運び出した時、『待ってくれ』と追いかけて来たほどだ」。ウワサによると会場でも筆を入れたとか……。もちろん、その後の作品だって、何点か発表後に描きなおしています。
 もう、こうなってくると、制作年なんて信用できません。発表した年と直した年が異なるのですから。作品は、生きて成長(?)していたともいえるでしょう。
 それに、手を入れてしまったら、作品の意図だって微妙に変わってくるでしょう。元の作品画像をプリントアウトして、現在の作品と見比べながら、「違い探し」をしたらずいぶん楽しいと思われますが、また、はじめの作品と現在の作品とで作画のニュアンスがどんな風に変化したか、検証してみたら面白いかもしれません。
 そんな事情で、会場に展示された作品の中には、(絶筆はまた別として)「明らかに描きかけ」みたいな作品を何点か展示する羽目になったのでした。

(専門学芸員 宮下東子)

※『新潟日報』1988年6月14日 日報抄