学芸員コラム⑬ 新潟出身の日本画家・小島丹漾の芸術について

2022年10月13日

コレクション展「雪国をえがく―栢森義・小島丹漾・富岡惣一郎 三人展―」(会期:2022年10月4日~2023年1月9日)では、雪景や雪国で生活する人々を主題とした新潟県出身の三人の画家を紹介しています。

このうち生誕120年を迎えた日本画家・小島丹漾(こじま・たんよう、1902~1975)は、一貫して故郷の風物を題材に取りあげ、地方色豊かな独自の日本画表現を開拓しました。1974年には日本美術院同人に推挙されますが、これは本県出身者として小林古径(1883~1957)に次ぐ二人目のことでした。

今回のコレクション展では、当館所蔵の二点の本画とともに多数の小下絵を展示し、画家の創作の秘密に迫る内容となっています。丹漾の芸術を特徴づけるのは、①時代とともに表現を深化させ、より力強い造形で雪国の人々の姿を捉えたこと、②揺るぎない画面構成にたどり着くため、一点の本画のために何度も下絵を描き直して推敲を重ねたこと、の二点です。

まず、①についてご説明します。丹漾は戦前から戦後まもない時期には「俳画的」ともいわれる淡白な作風で山村風景を描きましたが、その後、次第に人物が主体となり、その造形も太い描線が交錯する重厚なものに変化していきます。この変化は、当館所蔵の二点、《河口暮色》(1956年、再興第41回院展、図版1)と《待つ》(1965年、再興第50回院展、図版2)の間にも見て取れます。

《河口暮色》は新潟市の阿賀野川河口に取材した作品とされ、川の両岸を行き来する渡し船に赤頭巾の少女が乗り込み、三人の女性が見送る様子が点景として添えられます。全体に水平線を基調とした広角構図による風景画で、各モチーフは程よく簡略化して色面処理され、雪の止んだ穏やかな冬の情景が淡々とした趣で描写されています。

一方、9年後の《待つ》は、寒風が吹きすさぶ駅のプラットホームで、人々が列車の到着を待つ様子を描いたものです。塩引鮭や新鮮な野菜を買って帰る男性、幼児を背負う母親の姿も見えます。《河口暮色》と比べると、作品の構図は群像にクローズアップし、駅舎・架線・線路などの背景描写は最小限に削られています。人々の姿は太い輪郭線で縁取られ、幼児の赤い服、野菜の緑など、鮮やかな差し色が施されます。

このような造形には、丹漾が若き日に志した染色の仕事が生かされたのでしょうか。あるいは、西洋の教会のステンドグラスや、壁画・彫刻にみるモニュメンタルな群像表現に影響を受けたのかもしれません。しかしこうした作例とは異なり、雪国に生きる「無名の」人々の姿を力強く表現したところに、丹漾の独創性があると言えるでしょう。

次に②の点ですが、当館では、作家遺族から寄贈を受けた多数の「小下絵」(本画の構図を検討した小規模の下絵)を所蔵しています。そこには、戦後間もない《雪近し》(1948年、再興第33回院展)から、晩年の《白炎浄土(北越雪譜 吹雪の章より)》(1975年、再興第60回院展)にいたる主要作品のための小下絵が含まれ、いずれも木炭やパステルのほか、本格的に墨や岩絵具も用いて描かれています。

今回、《河口暮色》と《待つ》については、会場に本画と小下絵を並べて展示しています。《待つ》の小下絵は7点あり、駅舎全体をより広角で捉えたもの、縦構図のものもあります。本画の構図に近づいた小下絵(図版3)もありますが、本画の右下に見える、疲れのあまり荷物に腰かける老婆の姿は、まだここには登場していません。このように、複数の小下絵を見比べ、画家がどのようにして本画の構図に到達したかを想像してみるのも面白いでしょう。

また、当館所蔵品以外の、雪に因む作品の小下絵も展示しています。そのひとつが、先ほども言及した《白炎浄土(北越雪譜 吹雪の章より)》(図版4)で、本画は南魚沼市鈴木牧之記念館の所蔵です。鈴木牧之の名著『北越雪譜』(1837年出版)の初編巻之上「雪吹(ふゞき)」に因み、塩沢に住む若夫婦が子供を連れて妻の実家に行く途中、吹雪で遭難死し、子供だけが助かったという逸話を描いています。小下絵にも、妻子をかばいながら荒れ狂う吹雪を見上げる夫の姿があり、重なり合う三人の姿態を何度も描き直した跡が確認できます。

それまでに見られた息苦しいまでの緊密な画面構成をやめ、茫漠とした吹雪の描写に多くを割いたこの作品は、前年に日本美術院同人に推挙された丹漾の、新たなステージを予感させるものでした。しかし、この作品が会場に並んだ院展の閉幕後間もなく、丹漾は新潟への帰郷中に72歳で急逝してしまいます。

作品を描く前には、テーマにする土地に入り、人を訪ね、山野を歩き、一つの物語を煮詰めていったという丹漾。ぜひ当館コレクション展で、その魅力にじかに触れていただきたいと思います。

(主任学芸員 長嶋圭哉)

図版1 小島丹漾《河口暮色》1956年  

図版2 小島丹漾《待つ》1965年

図版3 小島丹漾《待つ 小下絵》1965年頃

図版4 小島丹漾《白炎浄土(北越雪譜 吹雪の章より) 小下絵》1975年頃

いずれも 新潟県立近代美術館・万代島美術館蔵