この1点⑤ 久保田成子『マルセル・デュシャンとジョン・ケージ』 ビッグ・アーティストたちの共演の記録

2020年09月01日

トピックスでは「この1点」と題して、当館のコレクションについて、「作品解説会」以上、「美術鑑賞講座」未満の少しディープなお話を紹介していきます。

 当館では、来年3月より開催予定の新潟出身のヴィデオ・アーティスト、久保田成子(1937-2015)の回顧展を準備中です。それに先立って、昨年度の新収蔵品として『マルセル・デュシャンとジョン・ケージ』を収集しました。1970年に出版されたこの書籍は、デュシャンとケージによる伝説的なパフォーマンス/コンサート「REUNION」を久保田成子が撮影した写真にジョン・ケージによる詩が添えられ、さらにパフォーマンスの一部を録音したソノシートが附属しています。同書は美術出版社の編集長であった宮澤壮佳氏が発行人となって日本で制作されましたが、久保田が自費で出版し非売品としたため、関係者にのみ配布され、世の中に流通することはありませんでした。

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久保田成子
『マルセル・デュシャンとジョン・ケージ』
1970年

   

 そのため、久保田成子の作品集としていくつかの展覧会に出品されたものの、その存在はこれまであまり知られていませんでしたが、実はとても貴重なものです。まず、制作の契機となった「REUNION」とは、マルセル・デュシャンが1968年3月5日にカナダのトロントでジョン・ケージと行ったチェス対戦のイベントで、チェス盤には音響装置が仕掛けられており、会場内に設置されたスピーカーから流れる音が両者の駒の動きによって変化するというものでした。このパフォーマンスを企画したのはケージですが、演奏はディヴィッド・チュードア、ゴードン・ムンマ、ディヴィッド・バーマンの3人の気鋭の現代音楽家たちが担当しました。写真による記録だけでなく、同パフォーマンスの重要な要素であるサウンドを知ることのできるソノシートが附属していることも大変珍しく稀少です。この豪華なメンバーによるパフォーマンスの記録としてだけでも貴重であることは確かですが、この本にはさらに、ジョン・ケージ自身がこのために書き下ろした、デュシャンの名前を表したアクロスティック(言葉あそび)が掲載されています。このことから、本書は久保田とケージとのコラボレーションとも言えるでしょう。

 実は、このイベントに参加した久保田とデュシャンには後日談があります。数日後、二人は偶然にもニューヨークからバッファロー行きの同じ飛行機に乗り合わせた上に、悪天候のために不時着し同じバスでバッファローまで移動、さらに久保田はホテルまでデュシャン夫妻のタクシーに乗せてもらうことになったのです。それまでこの偉大なアーティストと直接面識のなかった久保田ですが、この邂逅を契機にデュシャンへの憧れは具体的な作品へと昇華され、のちに彼女の代表作となる「デュシャンピアナ」シリーズが生まれることとなったのです。その後の久保田の活躍については来年の展覧会でじっくりとご覧いただくこととして、本作品集が彼女の人生の一つのターニングポイントとなっていることは疑いのない事実だと言えそうです。

主任学芸員・濱田真由美