2020年07月01日
トピックスでは「この1点」と題して、当館のコレクションについて、「作品解説会」以上、「美術鑑賞講座」未満の少しディープなお話を紹介していきます。
当館のコレクション展示室では、現在、屏風が2点展示されています。いずれも六曲一双という大きなものですが、そのうちのひとつが、昭和3年に描かれた、地元長岡市で生まれた画家、竹内蘆風の《武陵桃源之図》です。
屏風、特に六曲一双ともなると、かなり横長の画面となり、印刷物に掲載するのはちょっとやっかいで、しかも、展示の仕方も難しい。現代の展覧会では、屏風を、壁に沿って平らに全開で展示する場合も少なくありません。描く方の画家も、現代では全開にして見ることを前提に描いている場合も多いように感じます。
でも、もともと屏風は、絵画を見せるためのものというよりは、床に立てて空間を仕切るための調度。ジグザグに折り曲げて立てて使うのが前提となっていたはずです。国宝の《彦根屏風》は、折り曲げて立てることで絶妙の空間が現れるのだとか。実は、今展示されている《武陵桃源之図》も、そのように展示することで、その不思議な空間が生き生きと立ち上がるのです。
ここで掲載されている図版はもちろん全開にして撮影したものですが、この平らな図版のままでも、両脇から包み込むように描かれた近景の山と、空気遠近法も採り入れてかすむように描かれた遠景の山々の効果によって、異国の空間が奥行きをもって表現されています。
しかし、問題は、この作品が俗世間とは一線を画した桃源郷という別世界を描いているということです。一見穏やかな何のてらいもない風景のようですが、実はこの場所は、言わば異次元の世界。それを、この作品では画面の右端に洞窟を描くことで表現しています。
さて、この洞窟の描き方、この図版で見ると、なんだかおかしくありませんか?洞窟の上から、別の場所にある山が被さっている感じです。なんとか自然に見えるように金砂子でぼかしていますが、やっぱりなんだか不自然です。この不自然さが、異次元ポケットへの入口らしいような気もしますが、この屏風を立てて、折り曲げて空間を作ると、その不自然さが回避され、あたりまえのように洞窟の入口を受け入れられるようになるのです。作者竹内蘆風は、この効果を知っていて、計算して描いたに違いない、と思います。
本作で主として描かれるのは、桃の花が咲き乱れる、穏やかで平和な理想郷の姿なのでしょう。しかし、武陵の漁師が乗り捨てた舟がさりげなく描き添えられたこの洞窟が、この作品のいちばんの重要なポイントであると、私は思います。
展示室では、もう1点の屏風、五十嵐浚明の《中国武将図》よりも少し深めに折り曲げて展示しています。是非来館して、実際にご覧になって、平面的な図版との差を確かめてみてくださいね。
専門学芸員・宮下東子