この1点⑭ 富岡惣一郎《作品》 雪の苦悩

2021年07月01日

 トピックスでは「この1点」と題して、当館のコレクションについて、「作品解説会」以上、「美術鑑賞講座」未満の少しディープなお話を紹介していきます。

 現在、新潟県立近代美術館のコレクション展示室1では、「親と子のワクワク美術館 ナニがドウしてコウなった!?」という、作品の素材や技法に注目した展覧会を開催しています。その中で、新潟県出身の画家富岡惣一郎の作品が2点展示されています。2点とも富岡特有の白絵具とナイフ、技法を駆使して描かれたものです。この「トミオカホワイト」と呼ばれる黄変もひび割れもしないといわれる白絵具と、刀鍛冶に作らせたという大ぶりのペインティングナイフは、開発に相当の時間がかかったといいます。
 当館には、ここに展示されている以外にも富岡の作品は何点か所蔵されていますが、その一つに1962年作の《作品》があります。富岡の作品タイトルはどれも素っ気ないほどシンプルで、この作品も例に漏れないのですが、ただ、この《作品》の英文タイトルは、なぜか《Work》ではなく、《The Eternal Flow “Woe”》です。訳せば《永遠の流れ「苦悩」》となるでしょうか。富岡は、翌1963年、同シリーズと思われる《永遠の流れ》によりサンパウロビエンナーレで近代美術館賞を受賞しており、これは降り続く雪のイメージで描かれたといわれているため、この作品も同じイメージなのでしょう。
 気になるのは、「The Eternal Flow(永遠の流れ)」より「Woe(苦悩)」の部分です。
 当時「この下に高田あり」といわれるほどの豪雪地帯であった高田で生を受けた富岡は、雪を意識した表現によって画壇の表舞台に躍り出ました。つまり自身のルーツである「雪」を武器に独自の世界を築いて世に出、これによって独自の表現を次々と切りひらき、ついには自身の名を冠した美術館「トミオカホワイト美術館」が作られるまでに至りました。
 この《作品》(1962年)は、絵具もナイフも開発される前の作品です。白絵具はごく普通のペインティングナイフで塗られ、一度に広範囲を塗ることができないがために画面に横縞模様を形成しています。またなめらかになりきれない白絵具の表面には、その上に塗った後さらに拭き取った黒絵具がうっすらと残り、くすんだ画面となっています。
 富岡が生まれ育った時代、高田では、地球温暖化の現在では想像がつかないほどの雪が降ったのです。作家自身も新聞に掲載されたエッセイで「そして何度繰り返すかしれない雪下ろしの重労働―」と書いています。雪国では、積もる雪を嘆くばかりでなく克服しようと「克雪」「利雪」「楽雪」といった言葉が盛んに言われた時期がありましたが、しかしその時でさえ、すでに富岡が育った頃のような量の雪は降らなくなっていたはずです。英文タイトルの「Woe」の文字には、富岡にとって、雪は武器なだけではなくやはり否応なしに「苦悩」であったのだという事実がにじんでいるように思われます。

富岡惣一郎《作品》1962年

 

富岡惣一郎《富士雪景》制作年不明

 現在展示されている富岡の作品《富士雪景》は、この《作品》のようなくすんだ白ではなく、きわめて清浄なイメージの白です。重たくて憂鬱な、でも自身にどっしりと根を張っている「雪」をひっさげて画壇の階段を駆け上った富岡は、その「苦悩」を、トミオカホワイトの成果を通して清浄な美しいものに変えていったのではないかとも思えてきます。
 それでも、筆者は、絵具もナイフも完成していない時期のものであっても、1962年に描かれたこの《作品》やその時代の作品の方が、富岡の原点・原風景である「雪」そのもののような気がして、好ましく思えるのです。

 

(専門学芸員 宮下東子)