新潟県立近代美術館

学芸員コラム44 新発田市出身の日本画家・白倉嘉入の新収蔵品《朝雪》について

2026年01月04日

 2024年春、大阪府枚方市の天門美術館で、新潟県新発田市出身の日本画家・白倉嘉入(しらくら・かにゅう、1896~1974)の回顧展「歿後50年記念 近代南画界の異才 白倉二峰展」が開催されました。嘉入の作品は、当館ではただ一点、晩年の《比叡山》(1962年、第5回日展出品作)を所蔵するのみでした。その嘉入の回顧展が地元新潟でなく大阪で開催されること、また、若き日の雅号である「二峰」(にほう、新発田市の二王子岳に因む)をタイトルに冠することに、新鮮な驚きがありました。外国人の古美術商が熱心に作品を収集していることや、アメリカの複数の美術館に所蔵例があることも、同展を通して初めて知りました。

 当館では、この回顧展に出品された《朝雪》(1940年)を昨年度収蔵し、現在開催中のコレクション展「近代美術館の名品 ―新収蔵品を中心に―」(会期:2025年12月16日~2026年2月15日)で初公開しています。

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 《朝雪》は、絹本彩色、画寸縦203.5×横73.5cmの大幅です。画面や箱には制作年の記載がありませんが、『紀元二千六百年奉祝美術展覧会図録 第一部 日本画』(美術工芸会、1940年12月)の掲載図版との比較から、「紀元二千六百年奉祝美術展」(会期:1940年11月3日~24日[後期展示]、会場:東京府美術館。同展はその後、京都に巡回)の出品作であると考えられます。画家は同年の「皇紀二千六百年」を記念して、それまでの「二峰」から「嘉入」(本名・欣一郎の「欣」と同義の「嘉」字に、田能村直入の孫弟子の意味での「入」字を合わせる)に改号しており、本作品は「嘉入」号が初めて使われた展覧会出品作と位置づけられます。画面左上に「嘉入」と署名する一方、旧号の印(朱文方印「白倉二峯」)を用い、雅号が変わる過渡期に制作されたことを窺わせています。

 取材地は不明ですが、寺院の一角らしき土塀に囲まれた庭園に雪が降り積もる様子が、じつに趣深く描かれています。目をみはるのは、胡粉や墨の濃さに微妙な変化をつけることにより、各所の雪の深さの違い(地面に積もる雪は解けやすく、樹木や岩の上の雪は解けにくい)や、雪のもつ豊かな表情を描き分けている点です。画面下部左から突き出した枝上の雪にはひときわ濃い胡粉を使い、下部中央の流水によって解けかけた雪には墨を用いています。地面に生える笹の葉柄の付け根ひとつひとつに雪が載る描写にも、細かな観察眼が感じられます。画面のところどころに差された青っぽい色味は湿りを帯びた寒気を暗示し、画面上部に大きくとられた空間は雪景色の無限の広がりを感じさせます。中央左の茶室の佇まいは、小村雪岱の木版画のようでもあります。画家がこだわった繊細な表現は、図版ではなかなか伝わりません。ぜひ実物をご覧になっていただきたいと思います。

 雪景は、作者が繰り返し描いた画題です。本作品は、二峰時代の《寒雀》(1932年、第11回日本南画院展出品作)や《雪庭図》(制作年不明、二曲一双屏風、天門美術館回顧展展示品)から、嘉入時代の《歳寒三友》(1943年、第6回新文展出品作)へと繋がる位置にあり、回顧展図録掲載の波瀬山祥子氏論文「白倉二峰の事績と作品」では「依然として二峰時代の面影を忍ばせるもの」との評価もなされています。

 《朝雪》の後、嘉入の作風は次第に変化していきます。韓国国立中央博物館では、朝鮮王室(李王家)のコレクションのひとつである《細雨流水》(1941年、第4回新文展出品作)を所蔵しており、2003年に東京藝術大学大学美術館と京都国立近代美術館で開催された「韓国国立中央博物館所蔵 日本近代美術展」展に出品されました。《朝雪》の翌年の作品ですが、細かな墨線により樹木や岩を描写し、水の流れや遠近感の表出のために中間色を駆使するなど、画面の隅々にまで「細密描写」が施され、《朝雪》の表現をいっそう深化させたものとなっています。

 さらに戦後になると、墨線・墨点を生かすそれまでの描法から、「塗抹(とまつ)」を中心とする、つまり画面に墨や彩色を塗り重ねる描法へと移行します。コレクション展「近代美術館の名品 ―新収蔵品を中心に―」では、《朝雪》とともに嘉入の最後の展覧会出品作《比叡山》を展示していますので、その作風の違いを見比べていただければと思います。

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 白倉嘉入については、画業前半期の出品作の所在がほとんど知られていなかった事情から、これまでは、晩年の作品をもって代表作とする見方が定着していたように思われます。新潟県人作家を紹介する大型画集として、①『新潟の美術 ―近代絵画・版画・彫刻の系譜―』(毎日新聞社、1981年)、②『越佐の画人』(新潟日報事業社出版部、1987年)の二冊がありますが、①には《清渓》(1942年、日本画家報国会軍用機献納作品展出品作、東京国立近代美術館蔵)、《京ノ山》(1958年、第1回日展出品作、彌彦神社蔵)、《比叡山》(1962年、当館蔵)の三点、②には《京ノ山》《比叡山》と《二条城》(1972年、京都府立京都学・歴彩館蔵)の三点が掲載されています。このうち《京ノ山》は彌彦神社宝物殿に常設展示される作品で、「嘉入」といえばこの作品を想い出す新潟県民も少なくないことでしょう。

 白倉嘉入(二峰)の近代日本画史における位置づけは、大正~昭和戦前期の官展(帝展・新文展)および日本南画院(小室翠雲主宰)を主な作品発表の場とし、伝統的絵画様式のひとつである「南画」に新感覚を加えた「近代南画」興隆の一翼を担ったところにあります。その本領を伝える《朝雪》が当館コレクションに加わったことにより、今後、「郷土作家・白倉嘉入」の再評価が進むことが期待されます。

(主任学芸員 長嶋圭哉)

白倉嘉入《朝雪》1940年
※令和6年度 新収蔵