学芸員コラム㉚ 改めて「反戦への思い」

2024年02月26日

 2022年の夏、コレクション展の企画として、今回の「反戦への思い」を考案しました。2月にロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まった年です。展覧会が開催される頃には平和な状態に戻っていてほしい、とわずかな希望をもっていましたが、現在もなおウクライナでは戦乱が続いています。さらには、パレスチナ・ガザ地区でのイスラエルの軍事行動が起こる等、世界ではいたるところで多くの人々が犠牲になり続けている状況です。悲惨な状況をテレビで目にする度、「大切な人を守りたい」という強い思いに駆られます。「反戦への思い」で展示しているケーテ・コルヴィッツの《母と二人の子》は、まさにそのイメージです。

 コルヴィッツは第一次世界大戦で18歳の次男を亡くしています。「国を守る」と固く決意し、戦争に行こうとする次男のペーターを止めることができませんでした。労働者と共に生きてきたコルヴィッツですから、「国のために」というペーターの気持ちには違和感を抱きつつも強くは反対できなかったのでしょう。戦争行きを許してしまったことを深く後悔することになります。子どもを守るうつむいた母親の表情からは、守ろうとする強い信念と、守れなかったことへの後悔という両方の気持ちが感じられるのです。

 もう一つ、この作品で目をひくのが大きな手です。コルヴィッツの版画作品も様々な手が印象的です。気持ちを封じ込めるような手、語りかけるような手、感情をダイレクトに表す手等です。この《母と二人の子》では特に力強さを感じます。包み込んだ子ども達を絶対に離さないという意思の大きな力を感じます。戦争で家族を失っただけでなく、ナチスにも迫害されることになったコルヴィッツが、残された家族を戦争とファシズムから必死に守ろうとする「手」なのだと思います。

 戦争には「~のために」という大義名分があります。しかし、取り返しのつかないことになる前に何度も慎重に考える必要があると、改めて自戒しています。今回の「反戦への思い」で展示した作品からは、戦時中の光景、戦後を振り返る思いを見ることができました。争うことで大切なものを失い続けてきたことも見ることができました。大切な人を守るにはどうすればよいか、自問自答しようとしても答えるのは容易ではありません。しかし、考え続けなければならないと思います。戦争を経験した先人の作品が発するメッセージがヒントになるはずですから。

(副参事 金澤 健志)