学芸コラム35 雑文 ~大河ドラマと企画展「皇室の名宝と新潟」をめぐって

2025年01月14日

 私事ですが、昨年一年間、NHKの大河ドラマ「光る君へ」を一話も欠かすことなく見ました。「源氏物語」の作者・紫式部が主人公ということもあり、美術界では源氏絵の展覧会なども開催されたようです。誕生して間もなく絵画化された「源氏物語」は、平安時代に描かれた現存最古の《源氏物語絵巻》(徳川美術館、五島美術館)をはじめ、ありとあらゆる流派により描かれ、江戸時代には物語をもとにした浮世絵なども作られました。私が好きな作品をあげるならば、狩野山楽《車争い図屏風》(東京国立博物館)や俵屋宗達《関屋澪標図屏風》(静嘉堂文庫美術館)、岩佐又兵衛《野々宮図》(出光美術館)、そして近代の作品の中では生霊となった六条御息所をモチーフにした上村松園の《焔》(東京国立博物館)でしょうか。名品の数々が思い浮かびますが、もしも「源氏物語」が誕生していなかったならば、日本の美術史は今とは全く違うものになっていたに違いありません。

 どの美術館も源氏絵の一つや二つ所蔵しているに違いないと思い、当館の所蔵品を見渡してみれば、一点だけ、本県出身の日本画家、岩田正巳の《秋好中宮》がありました。秋好中宮は、光源氏の愛人だった六条御息所と東宮の間に生まれた娘で、伊勢の斎宮を務めた女性です。この作品は物語の一場面を描いたというよりは、秋好中宮を象徴する秋草を背景に大きく描き、人物の内面を描き出そうとしたように思えます。

 さて、話は大河ドラマに戻りますが、ドラマの中で白いオウムが何回か登場したことを覚えていらっしゃる方もいると思います。宋からもたらされたオウムが、公家の藤原実資の邸宅で飼われていましたね。オウムにはセリフもあって、脇役としても印象的でした。

清少納言の『枕草子』39段にも「鳥は異所のものなれど、鸚鵡(オウム)、いとあはれなり。人の言ふらむことをまねぶらむよ」という文章が登場するように、平安時代の一部の貴族階級の人々は実際にオウムを目にすることができました。

 オウムが日本にもたらされたのは、平安時代からさらにさかのぼる飛鳥時代のことだったそうです。『日本書紀』には、大化3年(647)に新羅からクジャク一羽とオウム一羽がもたらされたことが記載されています。この頃の日本には、オウムとインコの区別がなく、両方がオウムと呼ばれていたようです。また、正倉院の宝物にもオウムやインコの意匠が見られ、早くから、図案化されていたこともうかがえます。

 時代は下り、江戸時代に入っても、オウムやクジャク、錦鶏(キンケイ)などの鳥が大陸から輸入され、博物学的興味の高まりもあって、富裕な武士階級によってコレクションされたり、祭礼などの場で見世物にされたりしたそうです。

 この白いオウムの姿を好んで描いた江戸時代の絵師がいます。それが伊藤若冲です。

 若冲の描いたオウムの絵には二つの系統があります。一つは、華やかな装飾が施された止まり木の上の「人間に飼われているオウム」。そしてもう一つは「自然の中にいるオウム」です。若冲の代表作《動植綵絵》全30幅(皇居三の丸尚蔵館収蔵)には《老松鸚鵡図》という一図があります(図1)。二系統のうち、後者に属する作品で、虹のように大きく曲がった松の上にとまったつがいの白いオウムと緑色が鮮やかなインコが描かれています。2月7日(金)に当館で開幕する「皇室の名宝と新潟 ―皇居三の丸尚蔵館収蔵品でたどる日本の技と美」では、《動植綵絵》のなかから、この《老松鸚鵡図》と《雪中錦鶏図》(図2)の2幅を全会期通して展示します。《動植綵絵》といえば鮮やかな色彩と超絶技巧が大きな見どころです。この作品についても、オウムの白い羽の細密な描写は見逃せません。オウムの漆黒の目には文字通り漆が塗られていて、輝くような目が表現されています。

 同じく、《雪中錦鶏図》も外国の鳥を描いた一図ですが、ねばねばとしたアメーバのような雪の表現が目を引きます。実は若冲は雪を描くにあたり、絵絹の表だけでなく、裏側からも白い絵具(胡粉)を塗っています。画面の裏側から着色する技法を「裏彩色(うらざいしき)」と呼びます。この裏彩色の技法により、雪の白さにも様々な違いが生み出されています。雄の錦鶏の尾の近くに、冠雪した山が遠くにぼおっと浮かび上がります。ここでも裏彩色の技法が駆使され、場面に奥行がもたらされているのです。このように驚くほど手の込んだ技法で描かれた異国の鳥の姿を、会場でぜひ間近にご覧いただきたいと思います。

 その他にも展覧会には、令和6年度に新たに重要文化財に指定されたばかりの《天子摂関御影 大臣巻》(図3)が出陳されます。この作品には、平安時代後期から南北朝時代までの大臣80名が、着任順にずらりと並んでいます。「似絵」と呼ばれる肖像画の一つで、一人一人の個性的な風貌や体格を描き分けている点に注目してご覧いただきたいと思います。大河ドラマの中でも黒い束帯姿の公卿たちがずらりと並んで審議(陣定:じんのさだめ)をする場面が何度も出てきましたが、その場面を彷彿とさせるような作品です。

 最後になりますが、本展にも源氏絵が出品されます。松岡映丘《住吉詣》(図4)は、第14帖の「澪標」の一場面を描いた作品で、古典を研究し、やまと絵の復興に努めた映丘の出世作でもあります。華やかな光源氏一行と、舟の上でその姿をひっそりと眺める明石の君の対照的な描写が見どころの作品です。

 

 2月7日から3月16日まで開催する「皇室の名宝と新潟 ―皇居三の丸尚蔵館収蔵品でたどる日本の技と美」では、上記でご紹介した作品のほかにも、近世絵画の名品や近代の油彩画や日本画、工芸品など約50件を紹介します。1か月ちょっとの限られた会期ですので、お見逃しなきよう、どうぞご来館いただければ幸いです。

(主任学芸員 飯島沙耶子)

 

〔参考文献〕
 細川博昭『鳥と人、交わりの文化誌』春秋社、2019年
 『動植綵絵 ― 若冲、描写の妙技』宮内庁三の丸尚蔵館、2006年

 

図1 国宝 伊藤若冲
  《動植綵絵 老松鸚鵡図》
   江戸時代(18世紀)
         図2 国宝 伊藤若冲
          《動植綵絵 雪中錦鶏図》
           江戸時代(18世紀)

 

図3 重要文化財 豪信《天子摂関御影 大臣巻》鎌倉~南北朝時代(14世紀)

 

図4 松岡映丘《住吉詣》大正2年(1913)

※すべて皇居三の丸尚蔵館収蔵